track feed
   

【JTB】京都・大阪・近畿のおすすめ旅館・ホテル

よ し み ね で ら
善峯寺


お香水
山号:西山
開基:源算上人
本尊:千手観音
宗派:善峯観音宗

西国33箇所観音霊場 第20番札所

住所:京都市西京区大原小塩町1372
電話:075-331-0020
拝観料:400円
拝観時間:08:00〜17:00
納経時間:08:00〜17:00
(参拝の際にはご確認ください)


山門

 最寄駅はJR向日駅または阪急東向日駅となる。最近は寺前までバスの便ができた模様。住所は京都市内ではあるが、かなり郊外の山になり、駅は向日市内となる。ややこしいが、「ポンポン山」方面と言えば分かる。但し、ポンポン山でも南面の寺、北面は西国薬師、正法寺・勝持寺などがある、お間違えなきよう。実際、寺には山に入り込むように入山するようになる。

 余談ではあるが、ここは山縁の寺、写真を見ていただくと分かるが、少し広角なレンズが良いかと思う。この山門も、非常に立派な門であるが残念ながらこれだけしか写らなかった。



本堂

阿弥陀堂

 恵信僧都源信の高弟源算上人が長元2年(1029)にこの地にて1寺を建て、自分で刻んだ十一面千手観音を安置したのが始まり。長久3年(1042)に鷲尾寺の仁弘法師作の千手観音をお移ししたのが今の御本尊、元の源算上人の十一面観音も脇仏として祀られている。

 天喜元年(1053)頃、後三条天皇妃、藤原茂子が懐妊、善法寺に祈願した。無事出産された皇子は後に白河天皇となられた。報恩として本堂、阿弥陀堂、薬師堂、三重塔などが建立されたと言われる。

 鎌倉時代には後鳥羽天皇、源頼朝らが帰依、52坊を擁する大寺となった。また5代にわたって法親王が入寺されたので、西山の宮とも呼ばれた。応仁の乱で荒廃。その後秀吉、徳川5代綱吉、特にその生母の桂昌院が篤く帰依され、本堂、楼門、薬師堂、護摩堂、経堂が再建された。



多宝塔

経堂

 本堂を一段上がると多宝塔、経堂が並ぶ。更に奥に進むと、釈迦堂、奥の院には薬師堂などがある。毎月第2日曜日に薬師湯が振舞われる模様である。一方で奥のほうで見ていると、隣三鈷寺への入り口があるようである。


 さて何を言ってもここは遊龍の松であろう。本堂から右手に多宝塔などが一段上に見えるのであるが、その頭の上を横に長々と伸びる松である。樹齢600年、長さは52mにもなるという、天然記念物。数年前に松枯れだろうと思うが、数m切らなければならなかった、とかであるが、ものすごい長さである。広角レンズも何もあったもんじゃない。ものすごい。どうも表現のしようがないので、寺で売られている巻物のような写真を載せる。構わないのかどうかわからないが、分かってもらうにはどうしようもないので。行った際には是非ともご購入いただきたい。というか、自然なので、いつ枯れるともいえないので、貴重だと思うので。門の頭の上を通るような、横長の松の造り方はあるが、ここまで来るとものすごすぎる。この松は一体どれだけの参詣者を見てきたのであろうか。




西国観音御朱印

さ ん こ じ
三鈷寺


本堂

 善峰寺隣にある山寺、源算上人の隠居所、元来往生院と号した。のちに西山上人が浄土宗西山派の念仏道場とした。背後に連なる3つの山並みが仏器の三鈷に似ていることから、名も三鈷寺と改称。天台・真言・律・浄土の四宗を兼学する勅願寺として栄えたが、応仁の乱後衰微した。



洛西観音御朱印

じ ゅ う り ん じ
十輪寺


山門

 善峯寺・三鈷寺から少し下りてくると、十輪寺がある。無骨な感じはなく、穏やかそうな寺、なりひらの寺、とある。


 嘉祥3年(850)染殿皇后が夫のお世継ぎを祈願され、後に文徳天皇になられたことから勅願所となる。その後、藤原北家(花山院家)が帰依され、菩提寺とした。歌人在原業平が晩年をここで隠棲し余生を過ごしたことは有名で、業平寺と呼ばれる。

 御本尊は伝教大師作の延命地蔵尊であり、染殿皇后が安産を祈願したことから、腹帯地蔵尊と称され、子授け・安産の祈願がされる。

 寺然といった感じでなく、文人の隠棲所という感じは至る所に感じられる、穏やかな寺。まあ善峯周辺として帰りに立ち寄られればと思う。



鐘楼

本堂


洛西観音御朱印

Kyoto Shimbun 2007年9月26日(水)
秋風揺れるシュウメイギク
善峯寺、本坊庭園でも来月初公開


本坊庭園で咲き始めたシュウメイギク(京都市西京区・善峯寺)

 秋の訪れを感じさせるシュウメイギク(秋明菊)が、京都市西京区の善峯寺で咲き始めた。かれんな白やピンクの花びらが、境内のあちらこちらに顔を出し、参拝者を癒やしている。

 菊に似た花を咲かせることから名付けられたというシュウメイギクは、キンポウゲ科の多年草。同寺には自生種や園芸種が20年ほど前から移植され、今では境内一帯に1万株ほどが育つという。

 残暑は厳しかったが、今年も例年通り9月中旬から早咲きの白やピンクの花をつけ始めた。八重の赤紫色に咲く遅咲きもあり、10月いっぱい楽しめるという。

 近代造園の先駆者といわれる7代目・小川治兵衛が手がけた本坊庭園にも多くの株があり、10月上旬から初めて一般開放する。掃部光昭副住職は「今はまだちらほらの段階だが、上品で情緒がある」と話す。