と う こ う い ん ・ は ぎ の て ら
東光院・萩の寺



寺票
山号:仏日山
開基:行基菩薩
本尊:薬師如来
宗派:曹洞宗別格寺院

新西国観音霊場 第12番
新西国霊場御本尊:南朝女官こより十一面観音

住所:大阪府豊中市南桜塚1-12-7
電話:06-6852-3002
(参拝の際にはご確認ください)


 阪急宝塚線、豊中駅の2駅梅田側に曽根駅がある。駅から北東の方向に徒歩5分、東光院であるが萩の寺という呼び名のほうが通常なのであろうか。境内は萩に覆われる正しく"萩の寺"であるが、通称ではなくきちんとした寺号である。

 創建は天平7年(735)行基菩薩による。御本尊は行基謹刻の薬師如来、十一面観音、重文・降魔座釋尊を安置する。新西国御本尊の十一面観音は南朝女官こより十一面観音という、南朝時代の後醍醐帝の菩提を弔って、女官が法華経を写経し、それをこよりに縒って衣を縫製してお着せした観音様である。

 また道了堂にある道了大権現は、天正18年(1590)豊臣秀吉が小田原の陣中で感得した霊像を勧請されたものである。



山門

観音堂

あごなし地蔵堂

道了堂

 あごなし地蔵堂は、大阪天満・川崎東照宮の本地堂を移築したものであり、あごなし地蔵は隠岐島から小野篁(おののたかむら)卿の作である、我が国最古の地蔵尊である。また毘沙門堂の毘沙門天は、西国七福神の第1番霊場となる。



本堂

 寺は元々は、摂津国西成郡豊崎村下3番(現・大阪市北区中津1丁目)にあった。この辺りは「浜の墓」と呼ばれ、古くから死人の捨て場となっていた。行基はこの場を訪れたとき、死者の葬り方として火葬の方法を指導し、我が国最初の民衆火葬が行われた。

 寺を訪れたとき、寺名・境内いっぱいの萩など、道宇も適宜修復されていることもあるのだろうが、新しい寺であろうか、知らないなあ、とか思っていた。しかしここは古い歴史を持つ、由緒正しい長い歴史を持つ寺である。しかしそこは行基、民衆の拠所として、敷居は低く決して奢らない。

 しかし、新西国御朱印帳、新西国御本尊はこより十一面観音であるが、御朱印は薬師如来となっているが、これは宜しいのだろうか?他の方もそうなっている模様であるが・・・



新西国観音御朱印