開基:弘法大師 本尊:千手観音 宗派:高野山真言宗 新西国観音霊場 第2番 近畿36不動尊 第6番 おおさか13仏霊場 第8番 摂津88箇所霊場 第6番 楽寿33観音霊場 第7番 なにわ七幸
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大阪市北区、大阪駅・梅田駅を降りたキタの繁華街のはずれにある。大阪駅から曽根崎警察の北側の扇町通を東へ、新御堂筋も超えて行くと、道の南側に大きなお堂が見える。 どこを通るかはご自由にであるが、同じ東へ行くにも東通商店街を抜けて行くと、時間帯によってはナムナム・・・。しかし歴史的には、この地域はきちんとしている。 |
弘仁12年(821)嵯峨天皇の勅願により、弘法大師が創建された。御本尊の千手観音は嵯峨天皇の念持仏を賜ったもの。天皇の皇子・河原左大臣源融公が八町四面に七堂伽藍を建立し、多くの参詣者で賑わったという。 今に残る周囲の太融寺町・堂山町・神山町・扇町公園・野崎町・兎我野町などはここの寺に由来する名前である。大阪城落城、太平洋戦争の空襲で全焼しているが、御本尊は守られてきている。 境内は広く、本堂から向かって左側はゆったりとした配置。本堂東側の納経所付近は込み合っているようであるが、ここに大きな一願不動・大師堂・前に四国のお砂踏みのある大師像などが揃っている。東側の建物は一体となっている。 |
本堂の左奥の端、境内北西の端に淀君(1567〜1615)の墓がある。明治の時代に大阪錬兵場(現大阪城公園)を造る時にここに移転された。後に都市計画に当り、道路拡張で境内が狭められたが、淀殿の墓があるのでここまで、となったそうである。 今となっては街中の少し大きな寺、という見かけであり、町の名前は知っていても、その寺がこれであり参詣する人がどれだけいるのかは知らないが、繁華街の近隣にこうして広い境内を保持するのは、それだけの由来と信仰があったことを示している。 |
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