開祖:聖徳太子 本尊:救世観世音菩薩 宗派:和宗 西国33観音霊場 番外札所 新西国33観音霊場 第1番札所 西国49薬師霊場 第16番札所 役行者集印巡り 近畿36不動巡礼 第1番霊場
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大阪市内、地下鉄谷町線沿い、四天王寺夕陽ヶ丘駅を南へ、街のど真ん中、広々とした敷地いっぱいに伽藍の立ち並ぶ、日本の仏教の原点の一つである。 推古天皇元年(593)に聖徳太子により建立された、日本仏法最初の官寺である。敬田、悲田、施薬、療病の4箇院を構え、鎮護国家の道場とした。また救世利民の実践所として、物心両面の救済による平和国家・文化国家の樹立を果たした。その意味で四天王寺は、政治外交上の中枢となっただけでなく、美術工芸産業などのあらゆる方面において日本文化の発祥の地となった。 |
いろいろな戦火・災害を受けたが、「日本仏法最初」の6文字の重さは境内の至る所で見出される。別に比較や差別化をするわけではないが、現在まで残っているから法隆寺や飛鳥なのであって、奈良の田舎でなくてもこの大都会の中にもちゃんと仏法原点はある。「形」こそ被害にあったが、その「信仰心」は今も何ら変わりはない。その「四天王寺式」と呼ばれる伽藍の配置や、多分起源から信仰対象として発展していったであろう堂宇の増加、別にここが日本の「メッカ」と言われても何の不思議もないほどその伽藍と信仰する人々の多さには何度行っても圧倒されてしまう。 別に気取るでもなく重苦しくもなく、また見せ付けるがごとくの寺宝の山を後生大事に「xx年に1度」等もなく、正に民衆と共に「心の拠所」としてのその存在は何から書くべきかも圧倒される。私は西国、新西国としての観音巡礼と、薬師巡礼、役行者巡礼で訪れたが、そんな「xx巡礼」とか高僧が修行したとかとは全く関係なく、「ここから日本の信仰は始まった」というその存在そのものが、何度行っても「また行きたい」と思わせる。 申し訳ないが、あまりにも元祖すぎ、宗派などない「和宗」とは?などと思いながらも、調べるにも気が起きず、ただ信仰のみ、と常に圧倒的な存在感を見せ付けてくれる。行けば分かる。 別に勘ぐる訳ではないが、それぞれの御朱印が全て、繊細・簡素で分かり易いのは、「これも四天王寺式?」とまで思わせる何かがあるのだろうか。「書」というものも仏教文化の発展と関りがあったわけだから、何か深く勘ぐってしまうが、それこそが「道半ば」なのであろう。 |
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