本尊:阿弥陀如来 宗派:浄土宗西山深草派総本山 新西国観音霊場 第15番 法然上人25霊場 第20番
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京都市内繁華街もど真ん中にあるお寺。阪急終点の河原町から北に向かって東に新京極、西側に寺町の2本のアーケード街があるが、新京極アーケード、真中辺りにロックンプラザというこじんまりした広場があり、新京極筋が少し曲がっている。西に向かってずっと進むと、これは六角通りであり六角堂に続く。正しくその街の真中、新京極通り沿いに誓願寺がある。 創建は38代天智天皇(660頃)の時代であり、大和の国の名彫刻師、賢問子・芥子国父子によって御本尊・阿弥陀如来が作成され、天智天皇によって3年かかって九町四方の七堂伽藍が建立された。都が飛鳥→平城京→平安京と移ると共に寺も位置を変遷してきた。結局今の位置になったのは天正13年(1585)である。 |
本堂の御本尊・阿弥陀如来は京都六阿弥陀仏の中でも随一として信仰が厚い。また新西国御本尊・聖観音も、現在は本堂に安置される。 日本での念仏先覚者である横川(叡山)の源信和上(恵心僧都)は、この寺の御本尊に深く帰依され、叡山を降りて参詣された。そして晩年に不断念仏の行をなされた。一方で第21代住持蔵俊僧都が浄土宗に帰依、以来法然上人・西山国師・円空上人と伝わる。そして西山深草派の総本山となる。またこの寺は清少納言、和泉式部の御剃髪所として念仏女人往生の地として有名である。 |
平安時代には文化人・知識人は扇を持っていた。扇塚は文人の威徳を偲ぶと共に、古い扇の奉納・芸道上達を祈願する。堂内には願掛けの扇が所狭しと並ぶ。 |
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