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【JTB】京都・大阪・近畿のおすすめ旅館・ホテル

ろ っ か く ど う
六角堂
(頂法寺)


本堂(前面)
山号:紫雲山
開基:聖徳太子
本尊:如意輪観音
宗派:単立

西国33観音霊場 第18番札所

住所:京都市中京区六角通東洞院入堂之前町248
電話:075-221-6950
入山料:無料
(参拝の際にはご確認ください)


本堂(横から)

 烏丸通、四条を北上し三条通の手前に六角通があるので東に入ってすぐ、道沿い北側にお寺がある。烏丸通から入ってすぐである。こんな街中にあるお寺、こじんまりとしたたたずまい、周りは生花池坊のビルに囲まれている。烏丸の通りからは池坊のビルの内になっているので、池坊のビルを見つけたら六角通を見つけ、通りを入ってみるとすぐわかる。



太子堂

親鸞堂

 用明天皇の2年(587)、聖徳太子が四天王寺建立用の材木を求め山城国の原野に入られたとき、清らかな泉があったため、守り仏を傍らの樹にかけて身を清められた。その夜夢のお告げにより、この地に一本杉の大樹で六角のお堂を造り、守り仏を安置された。本堂右手奥に、今は新しい赤い太子堂が池の上にあるのだが、この池が太子沐浴の跡として残っている。

 親鸞上人は建仁元年(1201)比叡山を下りたあとに六角堂にて修行された。その時に夢のお告げで真宗を開かれた。



へそ石

 桓武天皇の延暦12年(793)、平安京を造営するにあたり、六角堂が道路の中央にあたるのため、勅使を遣わし祈願されたところ、お堂が5丈(15m)ほど北へ移動したと言う謂れがある。

 元々の礎石跡であろうと言われる「へそ石」とはまさしく「京都の中心、へそ」の位置である、という命名である。実際、京都の中心部は現在の、四条河原町やJR京都駅などと違い、もっと北西のほうにあった模様である。京都に朝を告げる鐘というのがあるのだそうだが、それも今となっては現在の繁華街よりもかなり北西のほうにあるらしい。



本堂(池坊ビルエレベータ内から)

 聖徳太子に認められ、身分を超えて尽力した小野妹子は遣隋使などを経た後、名を専務と改め、太子沐浴の池のそばに坊を建て、本尊をお守りし、宝前に花を供えたという。ここから「池坊」という名称と「華道」が発展したということである。

 現在も周囲はモダンな建物であるが、この寺を守るのは池坊の方々を中心としている。ちょっと面白いのは、西の池坊のショールームに行きがてら、ガラス越しにエレベータから寺の形を見てみると良いだろう。上から見ると正に「六角堂」である。


 余談ではあるが、法隆寺夢殿、斑鳩寺聖徳殿奥殿など聖徳太子の建てた寺には多角形の建造物が目立つ。角のある四角形の建造物の中に混じって、できるだけ角のない、六角・八角の建造物を見ることができる。社会に「角がなくみな仲良く」ということなのだろうか、それとも夢殿が大使の夢想の場所であったように、自己の集中力を高めるところ、ひいては何らかのパワーを感じていたのであろうか。学はないので詳しくは知らないが、太子の「円形」に対するあこがれのようなものを感じる。という話は、太子が夢殿にこもって何か熟考していた、という話を耳にしたことがある、という勘違いからであるが、本当は法隆寺のページをご参照ください。

 いずれにせよあまりごみごみしていないところにある、と言って遠いところでもなく、かわいらしい寺である。何度か訪れたが、いつも気が落ち着く。境内の堂宇の配置、形、植物の位置、何でもないことが全くとげとげしくなく、穏やかで心が和む。ハトも同じように感じるのだろうか。



西国観音御朱印