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【JTB】京都・大阪・近畿のおすすめ旅館・ホテル


な り あ い じ
成相寺




絶景かな?
山号:成相山
開基:真応上人
本尊:聖観音菩薩
宗派:高野山真言宗

西国33観音霊場 第28番札所
近畿楽寿観音 第1番札所

住所:京都府宮津市成相寺339
電話:0772-27-0018
入山料:400円
(参拝の際にはご確認ください)


 JR天橋立駅側から切戸の文殊さんをお参りし、船を待つ。廻旋橋はよくできており、船が通る時は海の道を、その他は陸の道をつないでいる。船に乗り、砂嘴に沿って進むと対岸に着き、ケーブルで笠松公園に登るとどうしても「股覗き」。何回来ても、目的が何であっても同じことだ。これをやらないとここに来た気がしない。こうやって写真で見てもなんか不思議であり、実際にはまた違った感覚で何とも妙である。股覗きはケーブル上、その上、及び成合山山頂の3箇所ある。それぞれ違うが、天気がよければ北アルプスまで見えるのは実際で、頭に血が上るせいではなくてもぼーっとしてくる。


五重塔

撞かずの鐘
 ケーブル上からは少しバスに乗り山門へ。訪れた時は、少し入ったところに五重塔が外観が完成していた。内装が完成するのは2000年だとか、現在はきれいな五重塔が内部まで見れることであろう。

 参道上り階段の途中には"撞かずの鐘"がある。慶長14年(1609)賢長住職は、梵鐘を新造するため長者に寄進を願ったが、金の代わりに子なら出そうと断った。出来上がった鐘はなぜか2回まで鋳直しても音が出ない。3度目の鋳造の時、長者の子がルツボに落ちた。出来上がった鐘はようやっと音を出したが、響きの中に赤ん坊の泣き声が混じって聞こえる。このことから、あまりの哀れさゆえ、鐘は撞かない。


本堂

真向の龍

 修行僧(開基の真応上人)が草寺で修行をしていたが、雪の中食料がなくなり餓死寸前になった。観音さまにお願いすると、外に狼に傷つけられた鹿が倒れていた。上人は、禁断ではあるが飢えに勝てず食べてしまう。はっと我に返り破戒の罪を観音さまに嘆いていた。が、里人が上ってきて気がつくと、食べたものは桧の刻んだものであった。見ると観音さまの腕がなくなっていた。元に戻るように祈ると、たちまち観音さまは元の通りに"成り合った"。この観音さまを「成り合い観音」と呼んだところから寺名が由来している。慶雲元年(704)のことである。

 堂内真向かいには、左甚五郎作の「真向(まむき)の龍」がある。元々は阿弥陀堂、多宝塔、五重塔、薬師堂、地蔵堂など多くの堂宇があったが、永世4年(1507)の兵火、天文17年(1548)の落雷によりほとんど焼失した。

 日本三景でもあり、成合寺、切戸文殊などその地の信仰も深い。奇妙奇天烈なるその絶景とそこに潜む人の心の拠り所。いろいろな場所にあって当然なのであるがここは日本三景、何とも面白おかしく、そして哀しく重い。せっかく来たからと欲張りな私を助けてくれたのは、やはり仏の御心を今に伝えるこの地の人々であった。



西国観音御朱印

近畿楽寿観音御朱印

Kyoto Shimbun News 2005年6月11日(土)
400年の時を越え 伝説の鐘が響く
宮津・成相寺で「撞かずの鐘供養」


約400年ぶりに打ち鳴らされた「撞かずの鐘供養」(宮津市成相寺)

 日本三景・天橋立近くにある宮津市成相寺の西国第28番札所・成相寺で11日、「撞(つ)かずの鐘供養」が行われた。鋳造時以来約400年間、突かれることがなかった伝説の鐘が1日だけ復活、境内一帯に時を超えた音を響かせた。

 寺伝によると、江戸時代の初めに新鐘を鋳造。乳飲み子が銅湯のルツボに落ちたまま完成した鐘を鳴らすと、子どもの泣き声が聞こえたため、その成仏を願って突かれなくなった、とされる。

 今回、開山1300年の記念行事の一環として、供養と鐘本来の時を告げる役目を再現しようと鐘突きが実現した。

 この日午後、石坪昭真住職ら11人が参道脇の鐘堂前で読経。この後、板張り、密封された堂内の鐘を僧侶らが中に入って交代で打ち鳴らした。午後2時半に3回、3時に3回、4時に4回、5時に5回。「ゴーン」という鐘の音が周囲の山間にこだまし、詰めかけた多くの参拝者や観光客らも静かに手を合わせていた。

 この鐘は12日から再び100年間封印され、「撞かずの鐘」に戻る。




   
   
1999.08.13 参詣
2003.03.05 作成
2008.01.20 更新