開山は中国の僧、威光上人、全国行脚の途中にこの青葉山を見て霊地と感じ、馬頭観音を感得し、元明天皇の慶雲5年(708)に庵を結んでお祀りしたのが始まり。
養老年中(717〜724)には加賀の白山を開いた泰澄が来山、妙利大権現を山頂に祀った。今では奥の院となっている。時代と共に栄え、鳥羽天皇・皇后美福門院(藤原得子)には七堂伽藍・坊舎65、寺領4000石を寄進され、最高潮となった。しかし天文年間織田氏の兵火にかかり焼失、天正9年(1581)領主細川幽斉によって本堂を復旧された。
西国33観音霊場の中で、馬頭観音はここだけであり珍しい。像は三面八臂の忿怒像であり、邪心・仏敵に対する怒りを表す。
馬頭観音を間近にすることは余りないと思っていたのだが、近所に馬頭観音が数箇所ある。馬をはじめとする動物・畜生への祈りの対象となる。馬は農耕であろうが、武家時代の乗り物であろうが、大切な生き物であった。現在となっては「ペット供養」のようなものであろう。この世に生きとし生けるもの、般若心経などによっては六道輪廻によりその魂が何に宿ろうとも、その命は大切なものである。人間の形をしているから大切、だけでは不足している。宗教なども全ての生物を含む自然そのものの崇拝によるものが多いのは、それだけ恐れ多く大切であるからである。「気に入らないから殺してよい人命」などこの世にはないはずなのであるが。
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