開基:如意尼公 本尊:如意輪観音 宗派:真言宗御室派別格本山 新西国33観音巡礼 第21番札所 仏塔古寺18尊 第17番札所
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西宮市の北方にそびえる甲山は海抜309m、トロイデであり天然記念物である。阪神西宮駅北出口から山手線バスで大師道下車、その後徒歩約20分で着く。 謂れでは、西暦190年頃、14代仲哀天皇の皇后神功皇后が国家の平安守護のため山頂に如意宝珠と兜を埋めたということから山号が付いた。役行者はこの地にて弁財天女を感得し、弁財天女の尊像を作った、とされている。 |
第53代淳和天皇の妃である真井御前は仏道を志し、26歳にて皇居からここに入山し、天長8年(831)10月18日、29歳のときに本堂が竣工され、弘法大師の剃髪を受け如意尼と改名、神呪寺を命名された。承和2年(835)如意尼公は33歳で亡くなられ、その翌日弘法大師は高野山にて入定された。 御本尊如意輪観音は別名融通観音とも呼ばれる。融通小判というお守りがあり、財布に入れておくとお金に困らないらしい。私はお祈りが足りなかったらしい。 この観音像は、天長7年(830)に弘法大師が如意尼の姿を写して刻まれたという秘仏。毎年5月18日に御開帳となる。大阪府河内長野市の観心寺、奈良県室生村の室生寺とともに日本三如意輪と称される傑作である。 大師堂の弘法大師像は弘法大師58歳のお姿を刻んだもの。「甲山大師」「西の高野」として厚い信仰を得ている。「西の高野」としては、太子堂の裏側にお堂がある構造が高野山と同じであることから、四国88箇所第21番札所太龍寺を「西の高野」と呼ぶが、ここも西の高野と呼ばれる。他にも「西の高野」はいろいろある模様である。太龍寺は先のように理由が説明されているが、他はよくは知らない。しかしここは大師入定に関る最も重要な人の開かれた寺である。大師の思い入れも大きかろう。 |
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