 仮本堂・大師堂
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 本堂(工事中・2006年5月完成予定)
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開基は聖徳太子、中興は聖宝・理源大師。香川県の歴史も古くいろいろな寺があるが、聖徳太子開基という寺は珍しいと思う。それよりも古い、という云われの寺は他にもあるが、聖徳太子辺りからだとそれは言い伝えではなく具体的なリアルな話となる感じがする。この周辺の寺では最も古い歴史を持つ。
御本尊は等身大の六臂の如意輪観音、脇侍に不動明王と毘沙門天。寺伝からの文書などを見てみると、中興・聖宝理源大師は如意輪観音の化身、弥勒菩薩と同体、聖徳太子建立の天王寺如意輪観音の御足の裏にもそのことを記す、という文章が出てくるのだが、どうも大阪・四天王寺のことだろうか、と思われる。大阪・津の四天王寺は、聖徳太子の仏教の取り入れ時の廃仏派との争いに勝った時の寺であるのだから、この話は随分と古い話であることが分かる。昔は香川西の五ヶ院のひとつとして末寺24を数える大寺であり、授子安産に霊験あらたかな寺と知られていたようである。
天正6(1567)年、長曽我部の兵火で堂宇を灰燼に帰したが、仏様は難を免れている。増憲上人が復興を図ったがままならなかった。寛永年間(1624〜1644)に金刀比金光院、金毘羅神社が神仏混合だった時代の寺、そこから長曽我部元親が彫った金剛像が寄贈され、以降金毘羅神宮寺金光院との交流が始まり、金光院の弟子が伊舎那院の住職に迎えられることも多かったという。
山門から入って境内左手には一段上に石造宝塔や多宝塔が並ぶ。石造宝塔は小さい堂に囲まれているが、讃岐の豪族・大平氏の墓・供養塔といわれる。この大平氏とは、元総理大臣の大平正芳氏の家系である。
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