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【JTB】四国のおすすめ旅館・ホテル

い し ゃ な い ん
伊舎那院
如意輪寺


参道
山号:北田山(ほくでんざん)
開基:聖徳太子
中興:聖宝・理源大師
本尊:如意輪観音菩薩
宗派:真言宗単立(大覚寺派)

さぬき33観音霊場 第14番
新四国曼荼羅霊場 第21番

住所:香川県三豊市財田町財田中4358
電話:087567-2267
(参拝の際にはご確認ください)


山門

 三豊市財田町は香川県西部の町であり、四国中央の山間部の四国四県が隣接する辺りになる。香川県観音寺市から東南東、徳島県三好市池田町から県境を越えた西北西、県境の町である。

 三豊市は合併により、元来の三豊郡の町々がほぼ全部集まったような市であるが、随分広く、北西部は詫間町など香川県西部の海に面したところから、このような四国中央部の山間の町まで、観音寺市の東隣に南北に長く広がる。



仮本堂・大師堂

本堂(工事中・2006年5月完成予定)

 開基は聖徳太子、中興は聖宝・理源大師。香川県の歴史も古くいろいろな寺があるが、聖徳太子開基という寺は珍しいと思う。それよりも古い、という云われの寺は他にもあるが、聖徳太子辺りからだとそれは言い伝えではなく具体的なリアルな話となる感じがする。この周辺の寺では最も古い歴史を持つ。

 御本尊は等身大の六臂の如意輪観音、脇侍に不動明王と毘沙門天。寺伝からの文書などを見てみると、中興・聖宝理源大師は如意輪観音の化身、弥勒菩薩と同体、聖徳太子建立の天王寺如意輪観音の御足の裏にもそのことを記す、という文章が出てくるのだが、どうも大阪・四天王寺のことだろうか、と思われる。大阪・津の四天王寺は、聖徳太子の仏教の取り入れ時の廃仏派との争いに勝った時の寺であるのだから、この話は随分と古い話であることが分かる。昔は香川西の五ヶ院のひとつとして末寺24を数える大寺であり、授子安産に霊験あらたかな寺と知られていたようである。

 天正6(1567)年、長曽我部の兵火で堂宇を灰燼に帰したが、仏様は難を免れている。増憲上人が復興を図ったがままならなかった。寛永年間(1624〜1644)に金刀比金光院、金毘羅神社が神仏混合だった時代の寺、そこから長曽我部元親が彫った金剛像が寄贈され、以降金毘羅神宮寺金光院との交流が始まり、金光院の弟子が伊舎那院の住職に迎えられることも多かったという。

 山門から入って境内左手には一段上に石造宝塔や多宝塔が並ぶ。石造宝塔は小さい堂に囲まれているが、讃岐の豪族・大平氏の墓・供養塔といわれる。この大平氏とは、元総理大臣の大平正芳氏の家系である。



石造宝塔

多宝塔

多宝塔



降魔堂

 多宝塔の横には降魔堂(護摩堂)が並ぶ。この他、経堂・鐘楼、更には本坊と、この寺が時代の荒廃を受けて堂宇が傷んでいるだけで、昔ながらの大寺であることは誰が見てもすぐに分かる。

 四国の寺は、長曽我部の兵火のための伽藍の荒廃はあるが、ここでは諸仏は兵火を免れており、このような歴史ある寺も多く、単に弘法大師だけではない歴史は、いろいろと見ることができる。この周辺で最大最古のこの寺、きちんと見ると随分見所があることは分かろう。もうすぐ本堂も新築される。



経堂

鐘楼


さぬき33観音霊場御朱印・御影

四国曼荼羅霊場御朱印・御影