開基:役行者 本尊:聖如意輪観音 宗派:真言宗鳳閣寺派大本山 役行者集印巡り
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峠に地蔵堂がある。大同4年(809)弘法大師が日本・朝鮮・唐の土を集めて地蔵象を作ったのが始まりで、元は鳳閣寺の別院だったという。鎌倉時代の正応年間(1288〜1292)洞川村の皿屋左平次、道偏がお堂を建立したとされる。日本三峠地蔵の1つと地元の信仰は厚い。 現在の地蔵様は石造であり慶長年間(1596〜1614)の作だそうである。細い道沿いの田舎の地蔵さん、と思っていたら大変に古く謂れのあるお地蔵様だそうで。 と、この辺で地蔵堂に目を取られていると、まっすぐ行ってしまうが、目指す鳳閣寺はここで峠を越えるのではなく、右手に折れる。案内はあると思うが、多分分かり辛いのが多いと思う。 |
寛平7年(895)7月16日、宇多天皇は聖宝・理源大師に大峯山復興の勅命を下す。理源大師は生涯をかけて尽力し、修験根本道場を確立、宇多天皇の勅願寺となった。延喜9年(909)7月6日入滅、宝永4年(1707)1月18日に「理源大師」の諡号が贈られた。大師の廟塔は今も山中にある。 本堂には御本尊聖如意輪観音と金剛蔵王権現が祀られている。役行者が開き、弘法大師が訪れ、理源大師が復興し、多くの天皇の勅によって守られ、一見山の中の不便な寺であるが、大変な歴史がある。 このような寺は私自身は、役行者没後1300年集印巡りがなければ知ることのない寺であったが、大変な深い歴史があるのを初めて知った。また山の中の村の、それも人里離れたこじんまりした寺であり、言われるまで気も付かなかった。納経などの坊は地元にゆだねられている模様で、この案内によると日曜日しか開いていない様子で、私も無人であったため納経をお願いして、後から郵送されてきたくらいである。 さて、交通であるが、もし自動車なら、この寺までは来ることができるが、ここで自動車道は終わりである。私は公共交通機関であったため、更に進んでみた。山肌の狭い道を進むのであるが、なんと出た先が奥吉野であり、西行庵から始まり、頑張って下れば、吉野金峯山寺からロープウェイで近鉄吉野駅へと行ける。 |
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