開創:道明上人 開基:徳道上人 本尊:十一面観音 宗派:真言宗豊山派総本山 西国33観音霊場 第8番札所
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近鉄大阪線長谷寺駅を下りると階段をかなり下りる。坂を下りて橋を渡って右へ、門前町に入る。西国番外札所の法起院は長谷寺と同じ徳道上人の御廟所、かなり近いなと思ったら、元々長谷寺の境内の一部だったそうである。 近鉄で大阪方面から来ると、走っている電車の中から大きな「三輪明神」の看板が見える。関西お馴染みの三輪そうめんの名所。柿の葉寿司と一緒にちょっと食べておきたい。門前は食べ物の他、花の美しい、特にボタンで有名な寺なので、時期にはボタンの苗もたくさん売られている。 |
仁王門からの108間、399段の階段は登廊と呼ばれる屋根付き階段。横はボタン庭、時期ならきれいな花が見られる。階段途中にもお堂がある。 本堂は舞台造り。京都東山清水寺、姫路書写山円教寺などと並ぶ舞台造りであるが、こちらは本格的に本堂前の舞台も屋根付きであり、きっといろいろな舞が奉納されたのであろう。2003年3月、裏の大木が倒れ掛かり本堂が一部損傷した。内部の仏像は何もなかったのが幸いであるが、本堂・御本尊共に重文であり大事に復興されればと思う。 |
興福寺の道明上人が飛鳥浄御原の天皇のために戌年に造立したという。これにより天武天皇の朱鳥元年(686)が創建年とされる。 養老2年(718)長谷寺の徳道上人は病で仮死状態だったとき、閻魔大王より33の宝印を与えられ助かり、近畿の寺に33の札所を設ける。しかし人はそれを信用せず、やむなく宝印を中山寺に埋めた。このことにより最初の西国33箇所観音霊場が最初に定められた。しかしその巡礼や札所の順も風化し、信仰の隆盛はその270年後の花山法皇の整備を待つこととなる。 また上人は神亀4年(727)ここ長谷寺にも十一面観音を安置し、観音信仰の寺とした。 |
御本尊十一面観音は高さ10mほどの日本最大の木造仏。私も東大寺の仁王さんとか吉野金峯山寺の蔵王権現なども見たが、こちらが最大の大きさ。御本尊の設計図と言われる実物大、縦16m横6mの掛け軸が126年ぶりに補修され、2000年春に特別御開帳となった。見たのは見たが、あまりの大きさによく分からなかった。 展示は本坊のほうで行われていたのであるが、あまりに長い巻物であるので、向こうのほうの部屋から斜めの台の上に広げられており、向こうの端は見えないし、軸は大人でも一抱えで大丈夫かな、というくらいあるし、常識を超えた大きさであった。しかしこれが実物大と言うことは...、とびっくりする。まあ別の言い方をすると、それだけ作ったときの人の思いが入っているのであろう。 |
最初は分からなかったのだが、登廊から本堂をお参りし、向こうへ出て五重塔向こうの本坊のほうへ行くと、本堂が真正面から見られる。本坊のほうではボタンの時期に花も見れる。 ボタンは有名であるが、他にも桜、シャクナゲ、アジサイなどいつも花が多い寺である。花を見に来る人も多い。きれいに管理され心が和む。 長谷寺開基徳道上人は西国観音巡礼を考え出し、その33箇所を考え出された人である。途中に整理した花山法皇と並び、現在西国観音霊場を巡礼する人の歴史上の発起人である。長谷寺境内だけでなく法起院まで含め、何か西国の郷に来たような妙に暖かい感じがするのはそんなことを感じながら歩いているせいであろうか。今まで続く長い歴史と、そこに一心に願う人々の心の重さを感じざるを得ない。まあ一大観光地でもあるから「花がきれいね」それでもいいが、徳道上人ゆかりのこの地を感じられればと思う。 |
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