 三重塔
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 閼伽井
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さて武内宿禰という人は良く分からない史上の人物である。御食津大神(ミケツノオオカミ)や高良玉垂神(コウラタマタレノカミ)とも呼ばれる。第8代孝元天皇の孫と云われ、3代とも景行・成務・仲哀・応神・仁徳の5代ともいわれる天皇に244年間仕えたと云われる。つまりそれ以上、360年も生きた、という人物である、と古事記にあるそうである。7人の子は古代の有力豪族、葛城氏・平群氏・蘇我氏・臣勢氏・紀氏・波多氏・江沼氏の祖になったと云う。長寿の神様と呼ばれ、宇倍神社・高良大社・高麗(コマ)神社・平塚八幡宮・気比神宮というのは、宿禰を祀る神社だと云う。
まあ話もここまで来ると、もう何がなんだか分からない人物であるが(人物なのかな)、別の言い方をすれば、史実が分からない間を埋める超人として扱われる模様である。だから神社に祀られる、人とも、別に神道・天皇でなくとも"国造り"と言われるレベルでの"神"扱いでもある。このことから「長寿の神様」という信仰がある。本堂脇の閼伽井は長寿の水としても信仰がある。戦前の紙幣のデザインなどに使われるなど、古い人にとっては聖徳太子のような扱いの人だったようである。
まあ明治政府が威厳を発するために、皇紀を作り、そのためにいたのかいないのかわからない天皇・在位100年以上の天皇などを作り出してしまった以上、このような人物も出てこよう。寺や神社のページで私が紹介するには、寺や神社の言う通りに、となってしまうが、「言う」ではなく「云う」としか表現できないのは実感である。また神社に多いが寺にしても同じで、この時代の人・神様が出てくると、祭神の云われはあっても堂宇の建立年が明らかにされないのは、明らかにしないほうが云われが深く感じる、ということなのだろう。
しかし、よくは知らないが、雲の上から棒で琵琶湖と淡路島を造る神などの子孫だか親戚だか、が人間として続く歴史の国なのだから、こういうこともあろう。科学的事実に目くじらを立てる必要もなかろうと和む。それは歴史として「ダライラマが1000年以上"生きている"」というような、現代でもある感覚と同じように受け止めれば宜しかろう。
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